物理法則を知らない。

デュエルポケットモンスターマスターズ

読んだ本の紹介とか その16

 今日は10月25日。75年前の今日、第一航空戦隊所属の航空母艦「瑞鶴」がその艦歴に終止符を打った日であります。空模様は生憎の雨となりましたが、雨に愛された「瑞鶴」が眠るには良い一日なのではないでしょうか。

 

 貴重なフリーの日に雨が降る。どうしてだよー! こんにちは病欠です。

 自分は「艦これ」から日本海軍艦艇に関心を持つようになった口ですが、やっぱり瑞鶴一航戦っていう印象が強いですね。

 

 さ て お き 、勤労態度マイナス評価を目指すべく、弊社に反旗の翼を翻し読んできましたライトノベル。早速紹介とか感想とかをしていきましょう。

f:id:byouketu:20191025190711j:plain

 『異世界誕生2006』(著:伊藤ヒロ

 ツイッターでちょっとした“バズ”を巻き起こした話題作です。見かけた際にはわざわざ買って読もうとは思わなかったのですが、翌日書店に陳列されていたので縁を感じ購入。

 「異世界」という単語に忌避さえ覚えるこの頃ですが、帯の売り文句「今どきファンタジー小説なんてあり得ないだろ」からして、ああ、これは異世界モノへのアンチテーゼなんだなと思いながら読み始めました。

 ここからは内容にも触れつつ考察を交えた感想を述べたいと思います。

<あらすじ>

 昨年、「嶋田チカ」の兄「タカシ」がトラックに轢かれて死去した。母「フミエ」は酷く心を悩ませていたが、最近新しい趣味に没頭している。その趣味は、ファンタジー小説の執筆。「タカシ」の遺したプロットを基に、“「勇者タカシ」が異世界へ転生し、魔王を討伐するストーリー”を創作し始めた。

 その行為に辟易とする「チカ」は、母に執筆を辞めてもらうため、兄を轢殺したトラック運転手「片山」に相談をするも、「片山」は逆に「フミエ」の小説に魅了されネット上での公開を提案する。

 

 という風なのですが。要するに「死んだ兄を主人公にしたファンタジー小説を母親が書き始めて、ヤベーと思ったので事情を知る相手に相談したら、もっと面倒なことになった」です。

 

 作品の時間軸が2006年であり、言われてみればそんなことあったな……と懐かしい描写もチラホラ。そうした2000年代当時を上手く描写しつつ、「異世界モノ」が始まっていきます。

 

 まず最初に雑感を書きますと、“読んでよかったと思える作品”ですね。安易なアンチテーゼに走らず、「異世界とは何ぞや?」という問題提起に対して物語を通して答えが書かれていきます。また、あとがきで記述されたようにアンチテーゼ作品に留まらず、「人と人との関わり方、家族のあり方、さらには創作物に対する作者の向き合い方」についても踏み込まれています。

 あと読んでいて胃が痛くなりました。2000年代オタクからして、フミエの行動はネットリテラシーの欠片もなく、見ていてハラハラ&ストレスフルで寿命がマッハ。文章で吐きそうになったの久しぶりかもしれません。加えて登場人物を絶望の淵に叩き落すのが上手過ぎてその辺でも胃が痛くなりました。正直、途中ページを捲るのが苦痛だった場面もちらほら。

 ただ、最終的に「すっきり! あー読んで良かった!」と思えた一冊。ホントすげえことやってるんですよこれ。

 

 ここからは自分なりの考察などをば。めっちゃネタバレします。

 『異世界誕生2006』の投げかけるテーマとして「異世界とは?」があると思うのですが、これに対して本文内にて「人間というのは同じ場所にいるように見えて、本当は皆、それぞれの異世界で生きている。まったく別の真実を見ているんだ」と書かれています。真実は一つではないし、見えている世界も同じではない。そうした個人ごとの事象に対する捉え方の差異――“こじれ”を「異世界」であると表現しているのです。

 では、その「異世界」の根源となる“個人によって異なる真実”の焦点とは何か? それが“タカシの死”になります。

 トラックに轢かれて死亡する。という「異世界モノ」にありがちな導入を、そのまま作品の人間関係の“こじれ”の中心にしているあたりアンチテーゼなんだなと思いますが、ともかくこれが『異世界誕生2006』における「異世界」の発生源です。

 タカシの死の全貌について、警察・裁判所の見解を“こじれ”のない事実であると仮定した場合、“タカシは「異世界に行く」と遺書を書き、トラックへ自ら飛び込んでいる為自殺である”と判断されます。ですが、登場人物に置いては以下の「別の真実」を誕生させました。

フミエ:「悪いのは自分で、タカシではない」、「タカシは今も異世界で生きている」

片山:「人の命を奪ったのは本当のこと」。

 そして、これら受けて両名はそれぞれ以下の行動をとります。

フミエ:タカシの遺したプロットからネット小説を執筆する。

片山:毎月17日に嶋田家へ訪れ、給料の一部を納める。

 タカシの死についてフミエ、片山が抱いた「罪の意識」に対する「罰」として上記の行動がとられているわけですね。

 一見すると片山はともかくフミエの行動が「罰」というのは解せません。当人は趣味の一環としてネット小説(以下:『タカシの冒険』)を書いているのですから。では、何故それが「罰」に該当するのか? 『タカシの冒険』の目的は「魔王カー」を討伐すること。「魔王カー」とは“カ”タヤマでもCarでもなく、“カー”さん(母さん)のことであり、タカシの母――つまりフミエの壮絶な自傷ノベルと相成るわけです。また、『タカシの冒険』が改題する前の題名『息子は、異世界で今も元気に暮らしています』はタカシの死を拒絶する内容なわけで、「罪の意識」からの逃避でもあったのではないかと思います。

 『タカシの冒険』が(作中での)2ちゃんねるVIP板で晒され炎上した際にフミエは失意に飲まれる一方で「ひどいことを言われていると、すこしだけ心が落ち着」き、これに対し片山は「嫌な目に遭うと……罰を受けている気になれるんだ。」と共感を示しました。両者とも「罰」を望んでいることが窺えます。

 『タカシの冒険』が炎上している最中、執筆に没頭するフミエについて「彼女は今、光あふれるパソコンモニターの向こう側の世界にいるのだ。」と書かれています。ここで明確にネット世界を「向こう側の世界」と表記し、「異世界」を連想させることで次のようなことを考えました。

 個人の持つ“こじれ”によって自ずと求めた「罰」を、フミエ&片山にとっての「異世界」と言い換えることが出来るのではないか? 或いは、「罪」を「現実」とも言いかえることが出来るのではないか? と。

 現実(罪):タカシの死

 異世界(罰):ネット小説、または、嶋田家への訪問

 この仮定は結構堅いんじゃないかなと思っています。

 作中の終盤でフミエは「帰ってこれるのなら、きっと帰ってくるべき」と言った上でネット世界からの脱却を表明し、片山には嶋田家への慰謝料の支払いを停止するように提案します。そして承諾した片山は嶋田家を出る際にフミエを「ゲートの女神」と感じた上で玄関(ゲート)の向こう側の世界を見ます。それは「夕方か、あるいは夜」のような暗い空ではなく「澄んだ夏の青空が、ただ果てしなく広がっていた」のでした。片山も「罰」=「異世界」に甘んじることなく、どこまでも続く白日の下「現実」=「罪」を受け止めて生きていくことになるだろう……という描写でしょうか。

 

 疲れたので投げ槍になってきましたが、これで考察は終わります。他にも色々あると思うんですけど、もう無理なんです疲れました。夜勤明けなんです死にますプリコネのクランバトルも控えているんです。

 あ! チカが選んだ「まったく別の真実」について書くのを忘れていました。まあ、そこは読んだ人が自ずと考えるということで……。

 ここからは、読んだり、考えたり、そうした後の感想ですね。

 すごい! めっちゃ考えて作られていますねこれ。フミエと片山にとっての「異世界」とは、「罰」、「墓場」、「逃げ場」、「ネット世界」、「嶋田家」……とまさに視点によって「まったく別の真実」へと変化する世界なんですよね。また、チカはフミエや片山の語る「異世界」の話を聞かされることで、非常に混乱させられていることが分かります。その上でチカ自身の導き出した「まったく別の真実」もあって……そしてそれらは『異世界誕生2006』という作品において“異世界とは、個人ごとに持つ異なった世界の見え方である”と定義されるわけです。

 最近流行りの事故死による異世界転生(スマホのアレとか、ネトゲのアレとか)を踏襲したタカシの死によって、フミエ、片山という二人の人物が「異世界」へ迷い込み捉われ、そして最終的にゲートをくぐり帰ってくる。そう、あれだ! 全く異世界に行かない異世界転生なんですよこれ。すげえ! その発想は無かったし、実現できるとも思っていませんでした。「異世界とは?」という問題提起をする上で、この挑戦は非常に面白い構成だと思います。

 それと個人的に気に入っている表現が、“文章や構成は拙くとも著者の感情がバシバシ伝わってくる作品”的なやつ。作中では『タカシの冒険』がそれだとされていましたが、実際にこういう作品ってあるんですよ。著者の熱意や愛を感じる作品が。

byouketsu-kekkin.hatenablog.jp

 自分が以前に紹介した『図書迷宮』。これを読んだ際に、内容はともかく著者の愛を感じると書いた覚えがあります。

 今回の『異世界誕生2006』もそうした作品の一つじゃないかなと感じました。愛……というか、熱量というか、そういう挑戦心剥き出しの熱いものを。

 

 いい作品に出会えました。なんか続編? 出すみたいですけど、ここからどうやって派生するんだ……?

 元気があれば他にも色々読んだので、それの紹介もいつかやりたいと思います。