物理法則を知らない。

デュエルポケットモンスターマスターズ

GWのあつ森

 7年ぶり? くらいに自由に行動できるGWが訪れました。

――と、思っていたのにコロナ自粛。まあ元々篭もりがちな性分なので大差はないんですけど。この期間に諏訪や出雲へ行きたいなーとか思っていたので、それは少し残念です。夏は暑くて死ぬので、次にどこかへというのは秋以降になるでしょうか。それまでには終息していると助かります。

 

 GW期間は暇すぎて謎めいた考古学本を読んでいました。暇はロマンへ走らせる。人の家の前で勝手に写真を撮るな。

 GWってマジで長いですね。自分は現在365連休の身ですが、世間の連休に重なったのは初めてかも。日本人休み過ぎでは?? もっと休め。

 

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 屋外に放たれたカミツキガメ。カメ園の増築には今後とも注力したいと思います。でも住民に貰った人工衛星のせいでよくわからん方向へ進んでしまいそう……。

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 島へ勝手に入り込んできたブタを如何にして始末しようかと頭を悩ませています。ただ、アミで叩いたりゴミを投棄するのは陰湿すぎるので、気長に自主退去を待とうと思います。

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 たまたま和風な家具が集まったので、寝室を和にしてみました。部屋の配置に関してはいずれもっと工夫して、一つの家としてそれっぽくなるようになればなと思います。

 

 キーボードの動作確認を兼ねた更新でした。

読んだ本の紹介とか その17

 虚無を取得して早くも二週間以上が経過しました。最初の一週間は物凄くゆっくりと過ぎていった気がするのですが、次の一週間はあっという間でした。

 時間が生まれればブログの更新頻度を上げられるかと思いましたが、PCに向き合う時間が意外と少なく、結果相変わらずの放置ぶりですね。読み終えた本、積んでいる本がまだありますので、更新を心がけたいと思います。

 

 今回はKAエスマ文庫――要するに京都アニメーション原作、『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』の上下巻、あと外伝を読みました。

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ヴァイオレット・エヴァーガーデン』(著:暁 佳奈)

 

 題名にもなっている「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」というのは人名であり、表紙を飾る金髪碧眼の人物を指します。この人物は題名に起用されるように主人公と呼んで差し支えないキャラクターなのですが、この作品は俯瞰、或いは他人から見たヴァイオレットが描かれていました。なので主人公でありながら心情が明記されないキャラクターです。それがヴァイオレットを一層神秘的に映していて、良い演出だなと思いました。

 ストーリーを大雑把に説明すると、代筆屋を生業とするヴァイオレットが、人の気持ちに触れていくことで“愛とは何か”を理解していく物語ですね。

 

 ずっとヴァイオレットを「人間」として扱おうとしていたギルベルトが、上巻ラストで「愛している」が伝わらなかったことを理解して、自らがどれほどヴァイオレットに向き合っていなかったのかを思い知るシーン、前の展開も含めて本当大好きでした。お涙頂戴と言われればそうかもしれませんが、あれくらい臭い展開の方が自分は好きです。そのあと「愛しているとは、守りたいと思うことだ」って続くのも良いですね。ヴァイオレットがギルベルトに対して今まさにそれを実行しているのですから。なのに、ヴァイオレットは愛を知らないままギルベルトを喪うんですよ。

 下巻でカトレアに指摘されるようにヴァイオレットは愛という呼称を知らないだけで、愛という感情そのものは既に持っているんです。ただ、ギルベルトとの距離感を「兵器と使い手」として捉え、それしか知らなかったため、感情を持つことは「兵器」から「人間」になることであり、それはギルベルトとの完全な離別を意味する、ゆえに自らの感情を否定し続けている状態でした。

 下巻、外伝でも結局ヴァイオレットは「愛している」を理解する途中で終わります。3月24日発売の「ヴァイオレット・エヴァーガーデン EVER AFTER」で恐らくは「愛している」を理解して、ギルベルトへ伝えるのではないでしょうか。

 

 『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』は二人の男女がめちゃくちゃ遠回りして「愛している」を伝える物語……になるはず。エバーアフターの発売が待ち遠しいですね。

 また、4月には劇場版が書き下ろしシナリオで上映されます。京アニへの応援も兼ねて、観に行こうと思います。前売り券は買いました!

 

読んだ本の紹介とか その18

 前回の記事を書いた頃には寒さが増してきた~なんて言っていた気がするのですが、月日も過ぎ、早いもので春を控えた晩冬となりつつありますね。しかし外は冬一番の冷え込みを見せつつある模様。巷では武漢肺炎なるものが流行しているそうですし、気の抜けない日が続きそうです。

 

 久しぶりの更新ですが、その間にも色々とノベルを読了していました。中々感想をまとめる暇がありませんでしたが、このたび久しぶりの連休ということで、ぼちぼち感想を書けたらなと思います。

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『八月の終わりは、きっと世界の終わりに似ている。』(著:天沢夏月)

 

 すげえ青春してそうな表紙だったので買いました。セカイ系か? と思いましたがまた違いました。

 主人公である「渡正吾」とヒロインの「葵透子」の恋愛譚です。と言っても透子は既に死去しているのですが(裏表紙に書かれています) 現在の正吾が遺品として持ち帰った、透子と交際していた当時の“交換ノート”を鍵にして未来と過去が繋がり、未来の正吾は“生きている透子”を前にして……? みたいな感じの作品でした。

 

 何を書いてもネタバレになると思うので、ここからはネタバレ要素ありで行きますね。

 

 まあ、タイムスリップものが初見じゃない時点でこの手のもののオチってパターンが絞られるんですよね。

1:タイムパラドックスが起こり因果が崩壊する

2:平行世界として処理される

3:過去に干渉することを織り込んで正史が進行していた

 これらは作中でも言及されることなんですけどね。っていうかタイムパラドックス云々って話には聞くんですけど、実際にそこにオチを持ってくる作品を見たことが無いんですよね。バック・トゥ・ザ・フューチャーの壁は厚い。

 当作は3の、未来の干渉を全て織り込んだうえで過去が進行する――つまり事実が覆らないというものでした。これでハッピーエンドになるならともかく、透子の死という結末が決定的なのは悲しくはありますが……この作品は過去の改変を主題としては書かれていませんでした。

 この作品で書かれていることは、透子は何よりも正吾からの愛を貫き、正吾は4年越しに透子の死を受け止めて未来へと歩き出せるようになった、という一途さと心境変化についてかと思います。単純に「過去は変わりませんでした」ってだけではない、人の意志が書かれた物語かなと。そして、死にゆく透子が見た夢の最期、未来の正吾の下へラムネ瓶が届く描写――時間を超えたのは未練ではなく、一途な愛なのだと、自分はそう解読したのですが、そこがとても好きな部分です。

 この作品で自分が好きな部分が二つ。一つは上で書いた透子の死亡シーンで、もう一つは透子の登場シーンですね。25ページ末からの一文なのですが、如何にも夏のヒロイン! って具合で好きです。

 中盤はやや中弛み気味でした。読みながら「ああ、これは干渉された結果として今の時間軸があるんだな」と察することが出来るので、過去を変えようと必死になる正吾との温度差がありました。中盤は夏っぽい“らしい”文章も少なかったですしね。告白シーンが月並みだったのも一因ではあるのでしょうけど。

 

 交換ノートが出てきたときは正直「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない」と同じ感じになるのかな? とか思っていたので、方向性が違っていて良かったです。

 「海のカナリア」に続いて夏らしい恋愛譚でした。次は劇場アニメが放映されていた「HELLO WORLD」のノベライズか、京都アニメーションの「ヴァイオレットエヴァーガーデン」のノベル版、或いは「異世界誕生2007」の考察を書こうかと思います。

読んだ本の紹介とか その17

 今晩は年始並みの冷え込みらしく、そういうわけで一足早いお正月です。あけましておめでとうございます。

 もう間もない年末年始は、職場で過ごすことが決まったので憂鬱でなりません。12月もシャチカツが捗りそうでなにより。

 

 ポケモン剣盾を購入したはいいものの、思ったより熱が湧いてこなかったので今日も元気に読書読書! 読んだ本の感想を書こうと思います。

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 『海のカナリア』(著:入間人間 初版:2019/09/10)

 

 前々から気にはなっていたのですが見送っていた作品。何かのついでに購入して、読んだのがさっき。綺麗な表紙絵と飾らない題名とに惹かれて選んだ一冊でした。

 帯にはこう書かれています。

――「この世界を壊したい」 彼女ならできる・・・はず――

 セカイ系か? とか思いながら読んで行きましたが、多分違ったと思います。

 

 読んだ感想としては、序盤は「一体何を読まされているんだ……?」と退屈さすら感じていました。というのも、設定が明かされないまま場面が飛んだりするので理解が追いつかないのですね。70ページと少しを読んだところでようやく「海野幸は多重人格者だった。」と思考の手掛かりが与えられます。「海野幸」は“うみの ゆき”と読んで、作品の舞台そのものである女子高生です。

 主人公「ぼく」(表紙絵の男性)とヒロイン「城ヶ崎」(表紙絵の少女)は「海野幸」が生み出した多重人格の一つ一つであり、彼らが内蔵された精神世界が作品の舞台となっているようでした。分かるか! 70ページの間置いてけぼり喰らったわ! と思いました。

 全体的に、書かれた意味が後の方で説明されたり、展開から「こうではないか?」と考えられたり、と逆立ちして読みたい作品です。読み終えてから考察の段階に入って初めて面白さが染み出てくる作品であり、読みながら「面白いなこれ」と思うことは中々難しいのではないでしょうか。

 文章の書き方についても、脱力し過ぎているというか、いまいち熱が感じ難くて個人的に好きではない文章でした。

 

 ここからは内容に関する考察を少し。

 まず読んだ段階だと謎が残されたまま終わるので「どういうこと?」と感じるところから始まります。

・女子高生としての「海野幸」の主人格とは?

・「城ヶ崎」君は何故世界を壊そうとしたのか?

・これが恋ってマジ? 歪み過ぎだろ……

 この三つを切り口にして考えていきました。

 「海野幸」の主人格について、作中でほぼ確定的に「城ヶ崎」=「海野幸」だと書かれているのですが、「城ヶ崎」はあくまで11歳という設定でした。作中では17歳、12歳、11歳の「海野幸」が確認できていますが、17歳の「海野幸」は現実世界の「ぼく」の肉体としてのみ書かれ、17歳verの人格は登場しません。本当にそうでしょうか? 一つ可能性を考えてみました。

・「城ヶ崎」=11歳ではなく17歳の「海野幸」説

 この説の苦しいところは、「城ヶ崎」は11歳の「海野幸」そのものであり、未来を知っているわけではなかった点。少なくとも11歳の「海野幸」は間違いなく「城ヶ崎」なのでしょう。ただ、「城ヶ崎」として17歳の「海野幸」が接触を図っていた可能性は捨てきれない。

 17歳「海野幸」の場合に説明できることは、世界を壊そうとした理由と、恋という設定について。

 何故「城ヶ崎」は精神世界を壊そうとしているのはさっぱり分からなかったので、星辰世界を壊すことで起こり得る事象を考えました。

・多重人格の崩壊

・予知能力の消失

 まあ、後者がメインでしょう。11歳の「海野幸」は、17歳の「海野幸」と精神世界で交流することで未来を伝聞し、予知する能力を有しています。精神世界が破壊されればこの能力も消失するものと考えられます。

 では予知能力が失われると何が起こり得るのか? 「ぼく」は「海野幸」を殺す理由がなくなるので、両名とも無事に未来へ進めたと思います(「ぼく」の“秘密”が「海野幸」へ向くかはさておき)。要するに、“「ぼく」が死ぬ”“「海野幸」が多重人格者になる”という過去を書き換えることが出来るわけです。

 17歳の「海野幸」は時折「ぼく」(を模した人格)へ身体の主導権を委ねる程度には「ぼく」へ未練があるように書かれているので、これが「海野幸」から「ぼく」へ対する“恋”であるなら、「城ヶ崎」の「この世界を壊したい」という行動原理を“「ぼく」が死んだ過去を変えるため”と説明することができるのではないでしょうか。

 ん? 書いていて思ったのですが、これ別に17歳「海野幸」である必要なくない? 11歳が「ぼく」に恋して過去を変えようとしたっていいじゃない。

 

 「ぼく」について考えたことは数点。

 精神世界の「海野幸」が名乗る「城ヶ崎」という名前。これは多分「ぼく」の本来の名前なのでしょうね。全てが「海野幸」の経験で構築される世界において、人との交流が浅い彼女の記憶に留まる名前といえば……それは「ぼく」の名前しかないでしょう。

 もう一つは現実世界の「ぼく」が犯した“秘密”について。殺し系であり、性犯罪系ではない、知れば後悔する程の悪。それは“人を殺して食べていた”のではないかなと思います。根拠は「ぼく」と「城ヶ崎」との焼肉のシーンだけになるのですが、裏を返すと「ぼく」がカニバリズムを犯した以外に焼肉シーンを書く理由が見つからないのですよね。

 最後は「ぼく」(精神世界)が17歳の「海野幸」の主人格ではないか? という可能性。結局最後は「ぼく」が現実世界で「海野幸」として生きていくことになるので、無難に行けば主人格なんだろうな、とは思うのですが。ただ、恋が書かれているならばドラマチックであって欲しいので、上記の“「ぼく」のために世界を壊す「海野幸」”説を推すことにします。

 

 以上『海のカナリア』についての感想&考察でした。

 登場人物の嘘、捻くれだとか、さり気無い描写の中に隠されたヒントとか、そういうのを暴いたり掘り起こしたりする楽しさ、面白さに突出した作品だと思います。

 これが夏の恋を書いた作品……? いや、やっぱり歪んでいる……。

オタ活したり、リングフィットしたり

 長い長い連勤が終わって一段落したので、連勤中の活動について振り返りを図ろうと思います。

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 ごと嫁展(五等分の花嫁展)へ行ってきました。自分は五月推しなので、11月13日(水)の入場特典色紙が“中野五月”の日を選択。この日は夜勤明けの日にまた夜勤があるという日で、クソ眠たい体にムチ打って突撃し、クソ眠たい夜勤を過ごしました。

 意識朦朧としていたので色々と買いそびれはありましたが、五月関連の商品は大よそ抑えたのではないでしょうか? アクリルパネルはどうしても欲しかったので、そこだけ抑えられれば……という具合でしたが、平日だったこともあり存外空いていて、在庫も余裕がありそうでした。

 こういう物販会へ参加するのは初めてのことだったので、楽しくもあり、気恥ずかしくもありました。

 何より、購入商品の入れ物がこれ!

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 物販商品を合計5000円以上購入した際に贈呈される買い物袋。

 結構大きく耐性もあるので多くの商品を入れることを踏まえられているな~、と思いこそすれ、仕事帰りのサラリーマンがこれを肩に提げて歩くのはめっちゃ恥ずかしかったです。まあ、折角の記念品ですし、一時の恥を忍べば……と自らへ言い聞かせていました。

 

 ごと嫁本編の方は12巻が発売され、更に展開が進みましたね。自分は当然五月√であることを期待していますが、どうなるやら……⁉

 

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 お次は話題作「リングフィットアドベンチャー

 付属品である輪っかを押し込んだり引っ張ったりして鍛える、ニンテンドーswitch版wiiフィットのようなもの。ツイッターでオタクを中心に「鍛えられる」や「ガチ過ぎる」などと話題沸騰したこともあり、売れ行きは結構良い見たいです。

 かくいう自分も流行に乗って購入、早速プレイしてみました。

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 走るだけではないのですが、確かに短い時間ながら結構身体を動かせますね。

 サボるのもガチるのも自由、身体に負荷を掛けている際にはナビゲーターが檄を飛ばしてくれますし、何より敵を倒すという目的があります。

 個人で筋トレをする際に壁となるのはモチベの維持であり、何かしら目標がないと続きません。その点、「リングフィットアドベンチャー」はゲーム感覚で筋トレが出来るのでいいかもしれませんね。

 ただ、あくまで筋トレのモチベを一人で維持できなかったり、手段を一人では用意できない人向け――要は“日頃動かない人向け”だと思いますので、他に手段がある人は別にわざわざという感じではないでしょうか。

 

 「ポケモン ソード」を購入しました。激務に挫けず何とか殿堂入りまで進められましたが、今作は非常に楽しい作品でしたね。

 実は自分はポケモンガチ勢だった時期もあるので、もしかしたら対戦の方に手を出すかもしれませんが、殿堂入りまでで充分“ポケモン”を堪能できましたので、半々といったところでしょうか。

 

 前回記事を書いた「異世界転生2006」の続編、「異世界転生2007」を購入したので、暇を見て読んで行こうと思います。

 あと「空の青さを知る人よ」というアニメ映画にド嵌りしていて、絶賛考察中ですので、纏まったら考察記事を書くと思います。もっとも、DVD(Blu-Ray?)版を購入して見返しながら精査もしたいので、随分先の話になると思いますけど……。公式からの続報がないのが不安過ぎる。

読んだ本の紹介とか その16

 今日は10月25日。75年前の今日、第一航空戦隊所属の航空母艦「瑞鶴」がその艦歴に終止符を打った日であります。空模様は生憎の雨となりましたが、雨に愛された「瑞鶴」が眠るには良い一日なのではないでしょうか。

 

 貴重なフリーの日に雨が降る。どうしてだよー! こんにちは病欠です。

 自分は「艦これ」から日本海軍艦艇に関心を持つようになった口ですが、やっぱり瑞鶴一航戦っていう印象が強いですね。

 

 さ て お き 、勤労態度マイナス評価を目指すべく、弊社に反旗の翼を翻し読んできましたライトノベル。早速紹介とか感想とかをしていきましょう。

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 『異世界誕生2006』(著:伊藤ヒロ

 ツイッターでちょっとした“バズ”を巻き起こした話題作です。見かけた際にはわざわざ買って読もうとは思わなかったのですが、翌日書店に陳列されていたので縁を感じ購入。

 「異世界」という単語に忌避さえ覚えるこの頃ですが、帯の売り文句「今どきファンタジー小説なんてあり得ないだろ」からして、ああ、これは異世界モノへのアンチテーゼなんだなと思いながら読み始めました。

 ここからは内容にも触れつつ考察を交えた感想を述べたいと思います。

<あらすじ>

 昨年、「嶋田チカ」の兄「タカシ」がトラックに轢かれて死去した。母「フミエ」は酷く心を悩ませていたが、最近新しい趣味に没頭している。その趣味は、ファンタジー小説の執筆。「タカシ」の遺したプロットを基に、“「勇者タカシ」が異世界へ転生し、魔王を討伐するストーリー”を創作し始めた。

 その行為に辟易とする「チカ」は、母に執筆を辞めてもらうため、兄を轢殺したトラック運転手「片山」に相談をするも、「片山」は逆に「フミエ」の小説に魅了されネット上での公開を提案する。

 

 という風なのですが。要するに「死んだ兄を主人公にしたファンタジー小説を母親が書き始めて、ヤベーと思ったので事情を知る相手に相談したら、もっと面倒なことになった」です。

 

 作品の時間軸が2006年であり、言われてみればそんなことあったな……と懐かしい描写もチラホラ。そうした2000年代当時を上手く描写しつつ、「異世界モノ」が始まっていきます。

 

 まず最初に雑感を書きますと、“読んでよかったと思える作品”ですね。安易なアンチテーゼに走らず、「異世界とは何ぞや?」という問題提起に対して物語を通して答えが書かれていきます。また、あとがきで記述されたようにアンチテーゼ作品に留まらず、「人と人との関わり方、家族のあり方、さらには創作物に対する作者の向き合い方」についても踏み込まれています。

 あと読んでいて胃が痛くなりました。2000年代オタクからして、フミエの行動はネットリテラシーの欠片もなく、見ていてハラハラ&ストレスフルで寿命がマッハ。文章で吐きそうになったの久しぶりかもしれません。加えて登場人物を絶望の淵に叩き落すのが上手過ぎてその辺でも胃が痛くなりました。正直、途中ページを捲るのが苦痛だった場面もちらほら。

 ただ、最終的に「すっきり! あー読んで良かった!」と思えた一冊。ホントすげえことやってるんですよこれ。

 

 ここからは自分なりの考察などをば。めっちゃネタバレします。

 『異世界誕生2006』の投げかけるテーマとして「異世界とは?」があると思うのですが、これに対して本文内にて「人間というのは同じ場所にいるように見えて、本当は皆、それぞれの異世界で生きている。まったく別の真実を見ているんだ」と書かれています。真実は一つではないし、見えている世界も同じではない。そうした個人ごとの事象に対する捉え方の差異――“こじれ”を「異世界」であると表現しているのです。

 では、その「異世界」の根源となる“個人によって異なる真実”の焦点とは何か? それが“タカシの死”になります。

 トラックに轢かれて死亡する。という「異世界モノ」にありがちな導入を、そのまま作品の人間関係の“こじれ”の中心にしているあたりアンチテーゼなんだなと思いますが、ともかくこれが『異世界誕生2006』における「異世界」の発生源です。

 タカシの死の全貌について、警察・裁判所の見解を“こじれ”のない事実であると仮定した場合、“タカシは「異世界に行く」と遺書を書き、トラックへ自ら飛び込んでいる為自殺である”と判断されます。ですが、登場人物に置いては以下の「別の真実」を誕生させました。

フミエ:「悪いのは自分で、タカシではない」、「タカシは今も異世界で生きている」

片山:「人の命を奪ったのは本当のこと」。

 そして、これら受けて両名はそれぞれ以下の行動をとります。

フミエ:タカシの遺したプロットからネット小説を執筆する。

片山:毎月17日に嶋田家へ訪れ、給料の一部を納める。

 タカシの死についてフミエ、片山が抱いた「罪の意識」に対する「罰」として上記の行動がとられているわけですね。

 一見すると片山はともかくフミエの行動が「罰」というのは解せません。当人は趣味の一環としてネット小説(以下:『タカシの冒険』)を書いているのですから。では、何故それが「罰」に該当するのか? 『タカシの冒険』の目的は「魔王カー」を討伐すること。「魔王カー」とは“カ”タヤマでもCarでもなく、“カー”さん(母さん)のことであり、タカシの母――つまりフミエの壮絶な自傷ノベルと相成るわけです。また、『タカシの冒険』が改題する前の題名『息子は、異世界で今も元気に暮らしています』はタカシの死を拒絶する内容なわけで、「罪の意識」からの逃避でもあったのではないかと思います。

 『タカシの冒険』が(作中での)2ちゃんねるVIP板で晒され炎上した際にフミエは失意に飲まれる一方で「ひどいことを言われていると、すこしだけ心が落ち着」き、これに対し片山は「嫌な目に遭うと……罰を受けている気になれるんだ。」と共感を示しました。両者とも「罰」を望んでいることが窺えます。

 『タカシの冒険』が炎上している最中、執筆に没頭するフミエについて「彼女は今、光あふれるパソコンモニターの向こう側の世界にいるのだ。」と書かれています。ここで明確にネット世界を「向こう側の世界」と表記し、「異世界」を連想させることで次のようなことを考えました。

 個人の持つ“こじれ”によって自ずと求めた「罰」を、フミエ&片山にとっての「異世界」と言い換えることが出来るのではないか? 或いは、「罪」を「現実」とも言いかえることが出来るのではないか? と。

 現実(罪):タカシの死

 異世界(罰):ネット小説、または、嶋田家への訪問

 この仮定は結構堅いんじゃないかなと思っています。

 作中の終盤でフミエは「帰ってこれるのなら、きっと帰ってくるべき」と言った上でネット世界からの脱却を表明し、片山には嶋田家への慰謝料の支払いを停止するように提案します。そして承諾した片山は嶋田家を出る際にフミエを「ゲートの女神」と感じた上で玄関(ゲート)の向こう側の世界を見ます。それは「夕方か、あるいは夜」のような暗い空ではなく「澄んだ夏の青空が、ただ果てしなく広がっていた」のでした。片山も「罰」=「異世界」に甘んじることなく、どこまでも続く白日の下「現実」=「罪」を受け止めて生きていくことになるだろう……という描写でしょうか。

 

 疲れたので投げ槍になってきましたが、これで考察は終わります。他にも色々あると思うんですけど、もう無理なんです疲れました。夜勤明けなんです死にますプリコネのクランバトルも控えているんです。

 あ! チカが選んだ「まったく別の真実」について書くのを忘れていました。まあ、そこは読んだ人が自ずと考えるということで……。

 ここからは、読んだり、考えたり、そうした後の感想ですね。

 すごい! めっちゃ考えて作られていますねこれ。フミエと片山にとっての「異世界」とは、「罰」、「墓場」、「逃げ場」、「ネット世界」、「嶋田家」……とまさに視点によって「まったく別の真実」へと変化する世界なんですよね。また、チカはフミエや片山の語る「異世界」の話を聞かされることで、非常に混乱させられていることが分かります。その上でチカ自身の導き出した「まったく別の真実」もあって……そしてそれらは『異世界誕生2006』という作品において“異世界とは、個人ごとに持つ異なった世界の見え方である”と定義されるわけです。

 最近流行りの事故死による異世界転生(スマホのアレとか、ネトゲのアレとか)を踏襲したタカシの死によって、フミエ、片山という二人の人物が「異世界」へ迷い込み捉われ、そして最終的にゲートをくぐり帰ってくる。そう、あれだ! 全く異世界に行かない異世界転生なんですよこれ。すげえ! その発想は無かったし、実現できるとも思っていませんでした。「異世界とは?」という問題提起をする上で、この挑戦は非常に面白い構成だと思います。

 それと個人的に気に入っている表現が、“文章や構成は拙くとも著者の感情がバシバシ伝わってくる作品”的なやつ。作中では『タカシの冒険』がそれだとされていましたが、実際にこういう作品ってあるんですよ。著者の熱意や愛を感じる作品が。

byouketsu-kekkin.hatenablog.jp

 自分が以前に紹介した『図書迷宮』。これを読んだ際に、内容はともかく著者の愛を感じると書いた覚えがあります。

 今回の『異世界誕生2006』もそうした作品の一つじゃないかなと感じました。愛……というか、熱量というか、そういう挑戦心剥き出しの熱いものを。

 

 いい作品に出会えました。なんか続編? 出すみたいですけど、ここからどうやって派生するんだ……?

 元気があれば他にも色々読んだので、それの紹介もいつかやりたいと思います。

【シャドバ】自然破壊を推奨する新弾が追加されて

 毎回新弾追加直後だけは真面目にシャドバをする者。

 病欠勤です。いまのところ無遅刻無欠席の社畜の鏡を務めています。シャドバの新弾が追加されましたので、早速その話をしたいと思います。

 

 シャドバの新規テーマ群の要は「自然破壊」

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 この「ナテラの大樹」が破壊された枚数に応じて効果を得るor強化されることをコンセプトとされています。「ナテラの大樹」は新弾の様々なカードの効果によって手札に加えるor場に出すことが可能であり、自身のドロー効果も相まって全クラス共通でリソース枯渇に直面することが少なくなりました。

 自分はドラゴンをメインに据えていますが、ドラゴンに与えられた新規エースカードがこれ。

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 肝心の部分が見切れている! 「影の侵食」とは「自分のリーダーは“このバトル中破壊された、自分の『ナテラの大樹』の枚数分*1ダメージを、エンドフェイズに相手プレイヤーへ与える”を得る」です。ようするにスリップダメージを与えられるようになるよ! っていうカードですね。「影の侵食」は元々のコストは4とやや重いですが、ヴァイディは進化時に手札の「影の侵食」のコストを-2する効果を持つのでそこでコスト調整をすることが可能です。

 これが非常に強力で、「ナテラの大樹」を破壊してリソース回収をしつつコントロール&回復をしているだけで与ダメージがどんどん伸びていくというもの。コントロール好きの自分としても非常に性に合ったデザインです。

 ただ欠点もあり、ダメージソースをこれ一本に依存してしまうと、「影の侵食」をプレイする隙を与えて貰えない場合ジリ貧になって負けてしまったり。他、「ナテラの大樹」を破壊して次の「ナテラの大樹」を出す……という流れに乗れないと弱かったり、後はリノエルフのような超速攻ワンショットキル相手にも間に合わずに負けることがしばしば。

 アンリミなら色々と勝ち筋は用意できるのですが、ローテルールだと手立てが限れれているので試行錯誤中です。

 

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 あんまり使っていなかったのですが、このカードめっちゃ強いですね。「ドラゴンバスター・イアン」

 リノエルフや疾走ビショップに競り勝つべく良さげな守護持ちを探していたら、チョイスで「新婚夫婦イアン&アデール」になると守護+ドレイン持ちという良性能へ。使い始めの頃はこっちばっかり注目していましたが、今はもう一方の「ジェラシードラゴン・アデール」を相手の場に出す効果の方が活躍していますね。

 後者の「ジェラシードラゴン」は“ラストワード:自分のフォロワー全て&リーダーへ2ダメージ”を持つのですが、これを「イアン」を進化させて破壊することで即効性の小型除去が可能に。特に重要なのはビショップが誇る「聖波動のスフィンクス」をこれ1枚で蘇生させずに除去できることでしょうか。

 

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 いまはこんな感じのデッキで潜っています。

 「影の侵食」によるバーンダメージを勝ち筋としつつ、除去と守護を立てることを意識しています。今の環境はエルフ&ビショップともに疾走が顔面パンチをしてきてばかりなので守護は必須ですね(ヴァンプのアザゼルのみ別)

 「母なる君」は自分が使うと頼もしいですが、相手に使われると一瞬で壁を剥がされるので怖いカードです。

 「フェニックスハウル」は小型除去に一役買ってくれますし、「スターフェニックス」が雑魚掃除に役立ちますが、1枚だけでいいかなと。2枚入れたら「スターフェニックス」が手札を圧迫してしまって^p^

 「蒼海の主・ネプチューン」はクソつよカードですね。守護は立つわ、疾走でダメージ稼げるわ、「暴竜・伊達正宗」との相性にも優れるわ――文句なしの性能です。

 

 前の環境で使っていた進化ドラゴンもまだまだいけそうなので、どちらの方が勝てるか試しつつ遊んでいきたいと思います。